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2025年6月9日

【学び直し】人生経験を積んだ今だからこそ、多様な人と出会い学ぼう 社会人学生・十河翔さんインタビュー【前編】

 

 ライフスタイルが多様化する今日、学校を卒業し働き始めた後に「学び直し」をする人が増えている。学び直しの形はさまざまだが、その中でも大学に通って学ぶことの意義とはどのようなものだろうか。大学を卒業し、企業に就職した後に慶応義塾大学大学院、早稲田大学大学院で修士号を取得し、現在は東大大学院に在学中の十河(そごう)翔さん(学際情報学府・修士2年)に話を聞いた。前編では、仕事を続けながらの東大での生活に迫る。仕事と学生生活の両立は可能なのだろうか。また、社会人として東大の環境をどのように活用しているのだろうか。(記事中の写真は全て十河さん提供)(取材・石橋咲、金井貴広)

 

十河翔(そごう・しょう)さん 学際情報学府修士2年
十河翔(そごう・しょう)さん 学際情報学府修士2年

 

「興味を理論的に極めたい」と三つの大学院で学び直し

 

━━現在までの経歴を教えてください

 

 大学卒業後、エンターテインメント企業のエイベックス(avex)に新卒入社して、その後インターネット企業のヤフー(当時、現・LINEヤフー)に転職しました。職歴と並行して学び直しを行っていて、ヤフーに転職する前の2年間は慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科で学び、その後2016年から2年間は在職のまま、早稲田大学大学院経営管理研究科の夜間のプログラムでMBAを取得しました。23年4月に東大大学院学際情報学府に入学し、現在も在学中です。

 

━━学部卒業時は、就職と大学院進学で迷いませんでしたか

 

 大学3〜4年次の頃は大学院に進学したいという気持ちがあり、院試の勉強もしていました。しかし、日本では「新卒カード」は非常に貴重ですし、当時は就職が難しい時期だったこともあり、もらった内定は価値が高いものだと考えました。また、就職してからでも大学院には入学できるし、その際に社会人としての経験がメリットになるという考えもありました。その時にしかできないことを選ぼうと思い、就職を決めました。

 

━━その後、仕事を続けながら三つの大学院に入学したのですね

 

 最初から三つの大学院で学ぶことを想定していたわけではなく、興味を持ったことを理論的に極めたいという思いで学び直しをしてきて、気が付いたら三つ目の大学院で学んでいました。

 

 東大で学ぶことを考えたきっかけはコロナ禍です。社会の動きや働き方など自分を取り巻く状況がどんどん変わっていく中で、コロナ禍が落ち着いたときに、自分も努力によって何かしら「アップデート」できていたらという漠然とした思いがあって。かねてより興味のあった、東大大学院学際情報学府の、斬新で独創的な理念や、現在の指導教員をはじめとする先生方の研究テーマに引かれて受験することを決めました。

 

入学式
23年4月、東大に入学

 

━━研究の内容について教えてください

 

 それぞれの大学院での研究テーマのつながりがあるわけではなく、その時点での興味に基づいた研究を行ってきました。慶応義塾大学の大学院では、メディアやエンターテインメントのコンテンツが、高齢者のコミュニケーションの双方向性と能動性につながることの証明を試みました。これは、身内の介護の機会がきっかけで興味を持ったテーマでした。その後の早稲田大学の大学院では、テレワークやリモートワークなどの新しい働き方が現場の生産性に良い影響をもたらすという仮説の証明を試みました。これも、当時のヤフーの働き方に関連したテーマでした。

 

 現在はメディアやジェンダーの領域で、研究テーマを検討しています。東大に入学してからは「港区女子」という表象や「推し活」による幸福感といった現代的なテーマに興味がありました。しかし最近は、人生100年時代でライフステージが多様化していることに注目し、生きがいやウェルビーイングの観点からも研究してみたいと考えています。

 

仕事と関連しなくても興味のあるテーマを究める

 

━━大学生活と仕事、プライベートはどのように両立していますか

 

 現在はゼミに参加したり学環コモンズ(情報学環・学際情報学府のコミュニティスペース)で勉強や作業を行ったりするときなどに登校しています。入学当初は、まず必要単位を取り切ろうという発想で多くの授業を詰め込むように履修していました。サバティカルという休暇制度を活用していたこともあり大学に集中できてはいたのですが、授業とその予復習、試験の勉強で手一杯でした。その頃は大学が6〜7、プライベートが3〜4という比率でした。休暇制度後しばらくは仕事が5、大学が3、プライベートが2程度の比率です。ただ、当時と今とでは大学の様子やリモート授業の状況などが変わっている部分もあるので、これから大学院に通う人とは環境の違いがあるかもしれませんが、在学している学際情報学府は、ハイブリッド型の講義も充実していると思います。

 

━━社会人としての経験と大学での学びは関連していますか

 

 社会人の方が大学院入学を検討する際、仕事での経験や問題意識を研究に生かせることは、一般的に大きなアドバンテージになると思います。例えば、仕事と関連する内容で研究を行うとデータを集めやすい側面もあるかもしれません。一方で、せっかく大学院に入学して新たに学び直すのなら、仕事と関係ないことをテーマに一から研究を組み立てるのも面白いと思います。私はどちらかといえば後者の形で研究に取り組んでいます。特に東大に入学してからは、役に立つか立たないか、有益かどうかというかという考えにとらわれずに、自分の人生や生活の中で興味を持ったテーマに研究を通して関わりたいと思うようになりました。実学的な大学院であれば授業で学んだことが次の日の仕事に役立つこともありますが、総合大学である東大は、純粋にアカデミックに寄り添い、強い研究志向に基づく場所だとも実感しています。想像し得なかった知見と日々出会い、視野が広がるという点では、仕事にも役に立っている部分もあるのかも知れないです。

 

 また、仕事のプロジェクトなどは3カ月〜半年程度の短いスパンで成果を出すように動いているのに対し、研究はおそらく5〜10年、もっと先の未来といった長い時間軸を見ているという感覚があります。中長期的な視点を持てるようになるという意味では、大学での経験や研究での考え方が生きていると感じます。あるいは、期限を意識した時間管理、多様な人たちとのコミュニケーションや調整、互いの役割を意識しながら同じ目標に向かって協力する感覚など、社会人経験で培われたものが授業の課題やグループワークの中で無意識的に役立っていたかもしれません。

 

 他方で、仕事と大学院での頭の使い方や考え方の切り替えに苦労することがあります。どうしても仕事や生活などで気になることがあると、大学院や研究モードへの頭の切り替えが難しかったり、思考の連続性が途絶えてなかなか研究が進まなかったりするというような苦労もあります。

 

━━複数の大学を経験してきましたが、特に東大の特徴をどのように感じていますか

 

 開かれたゼミで学びの機会を得られることがありがたいです。私は学際情報学府の指導教員のゼミの他にもいくつか興味のあるゼミに参加していますが、オープンな形で受け入れてくれる先生が多いと感じます。研究科や学部にかかわらず参加できる勉強会や体験型授業も多いです。特に、情報学環・学際情報学府が主催し、デザイン・アート系や理工系の人たちが集まって作品を展示する「東京大学制作展」に参加したことが印象に残っています。展示や鑑賞、広報などいろいろな体験ができたことは、楽しい思い出です。他には、「メディアスタジオ実習Ⅱ」という授業にも参加しました。さまざまな研究科、学部の学生が混ざって一つのバラエティーの番組を作り上げる授業で、参加者が文理や専門分野にかかわらず知見を持ち寄り協働します。「自分にも制作ができる」という肯定感を持てる機会でした。

 

東京大学制作展。友人と共に東大のマンホールの模様をプリントしたTシャツを出展した
東京大学制作展。友人と共に東大のマンホールの模様をプリントしたTシャツを出展した

 

 次に国際性です。留学機会や海外提携校が多いだけでなく、学内にいても留学生や世界中の卒業生とコミュニケーションを取れる機会がたくさんあります。私自身、せっかく学び直すのならネットワークも広げたいという思いがあり、ランチを食べながら英語で交流する会「International Lounge」に参加したり、中国の清華大学の学生とのオンライン交流会に参加したりしています。また、先日は世界中の東大の同窓会組織「赤門会」のメンバーが集まるイベントに参加して、サンフランシスコ赤門会の方とも話ができました。

 

 産学協創や起業支援も進んでいます。産学連携の講座で企業と東大が取り組んでいる体験型のワークショップなどに参加したことがあるのですが、最先端の分野で活躍されている講師の方々から講義を受ける機会があり、とても勉強になりました。

 

 そして、授業料の値上げや新学部の設立など、東大の動きは話題になりやすいと感じています。折に触れて大学や学問と社会との関わりについて意識したり、考えたりする機会が増えたのですが、東大の中にいるからこそ、そのように感じる機会がより増えたように思います。また、そのような大学と社会との関わりや産学協創などの観点から、例えば米ハーバード大学や米スタンフォード大学などといった海外の大学との共通点や違いなどを意識することが増えた気もします。

 

 毎年の五月祭や駒場祭のシーズンは、キャンパス全体やそこに集う学生たちのエネルギーを感じる瞬間としてすごいなと驚かされます。特に、2027年に第100回を迎える五月祭は、期間中の週末には本当にたくさんの人が訪れます。大学が街に開かれており、本郷の街とキャンパスが一体化していることを実感します。

 

五月祭にて
五月祭にて

 

━━東大に入学したことで十河さんご自身がどのように変わりましたか。また、それを踏まえ今後は何をしたいですか

 

 私は学部卒業後に社会に出てから、慶応義塾大学と早稲田大学の大学院では2年で修士号を取得しました。東大大学院に入学するまでは、仕事と並行しての学び直しということで、なるべく標準修業年数で学位をとるという気持ちが強く、特に実学的な内容を学べる大学院では「修士号をとったら、ひと区切り」という発想になってしまいがちでした。しかし、東大に入学してから、改めて学問や理論に根ざして研究の積み重ねを行っている場だと実感し、今まで横に広げてきたものを縦に積み重ねてみたいと思うようになりました。今は博士課程に進学したいという気持ちもありますが、まずは修士の研究に専念し、良い修士論文を書きたいと考えています。

 

【後編はこちらから】

【学び直し】人生経験を積んだ今だからこそ、多様な人と出会い学ぼう 社会人学生・十河翔さんインタビュー【後編】

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